暑い。蒸し暑い。ここはどこだろう。真っ暗だ。ああ、当然だ。目をつぶっているのだからな。だが、暗いのもまた良い。うん、このまま永遠に瞑っていよう。目なんか覚まさなくてもいいや。
「おーい、ペチャパイ」
!
「たった今暴言を吐いた奴出てこい! 殺してくれる!」
「やはりその起こし方には問題があったのではないかね?」
「貴様かァ! 高村!」
「違う。断じて違う。命を賭しても良い、嘘はついていない」
「ケンジ! 死にたいようだな!」
「待ってくれ! せっかく体を元に戻してやったんだから、それくらいは許してくれよ」
ゆるさん――と、言おうとしたが、ケンジの発言を聞いて口が止まった。
布団の感触。そして、自分の手の感触。透けていない、私の手……戻った。戻ったんだ!
高村宅の部屋で目を覚ました私。客間なのか、意外にも整っている。エミと高村は共に畳の上で座り込み、ケンジは戸に寄りかかっている。
「ハル!」
エミは突然立ち上がると、布団にいる私に向かってダイビングしようとしていた。彼女を受け止めれる事が何よりも嬉しく思える。
「さわれるよ……ハル!」
エミは私の胸に顔をうずめて泣きじゃくる。
「やっと戻ったわ……心配かけて、ごめんなさい」
でも、スタンガンはなかったな。
「ひとえに俺のおかげだ! 感謝しろ!」
「あんたは鉄板振り回して私を蹴り飛ばしただけじゃない」
「違う! 作戦開始の号令を出したのも俺だ」
「そもそも作戦って何だったのよ」
「お前を元に戻すための作戦。明日決行の予定だったんだけどな」
「ハルがあんな事になっていたんじゃ……ね」
「どうだったかね、私の迫真の演技! 死んだふりをしたおかげで気付かれずに済み……」
「なんで死んだふりをしたのよ。っていうか、刺されたんじゃなかったの?」
「それは……あれだ。先日の事がトラウマになっていてね……」
「先日って何よ」
「ほら、あの……『これは……ガラスのナイフね。切れるのかしら、試してみてみましょう』って言った時だ。覚えているかね?」
「……いいえ、覚えていないわ」
「嘘だろ」
「ま、まあね」
「その後ガラスのナイフが私の体を切り傷だらけにしてしまってね。さすがに次暴れられたら死んでしまう、と直感したのだよ。だからハル君が 昨日ここを訪れた時、自前の耐刃防護服と血糊を用意しておいた」
「耐刃……そこまで私が怖かったの?」
「あの時の君は鬼神のようだったからな」
「で、血糊はなんで用意したの?」
「血を見せれば暴れなくなるかと思ったのでね……苦肉の策だったが」
「俺らはそれを知ってたから。高村が血を出して倒れてても慌てなかった」
「なんで知ってたのよ。そして、なんであの時、あの場所に二人とも居たわけ?」
「作戦会議中にお前が押しかけてきたんだよ。びっくりしたぜ」
「あっちのハルが来た時はもっとビックリしたけどね」
私の居ないところで話が進んでいたのか。全く難儀なことだ……私はふうっと溜息を吐いて、ぽつりと言った。
「……そっか。これで大体の疑問は晴れたわ」
「待て。こっちにはあと一つ疑問がある」
ケンジが割り込む。ついでだから私も訊くことにした。
「……私にも、あと一つ疑問があるんだけどね」
「なんでお前を殺そうとしたんだ? あっちのハルは」
「なんであんな不可解な返事をしたの? 『私』の告白に」
『それは……秘密』
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